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松山地方裁判所 昭和30年(行)2号 判決

原告 土居友一

被告 愛媛県知事

訴訟代理人 越智伝 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告が昭和二十九年三月五日愛媛県南宇和郡東外海町七番耕地寺の前千五百二十一番地の一田三反七畝九歩、及び同町同耕地寺の前千五百二十一番地の三、田一畝十七歩の農地につき賃貸借解約の申請に対し、被告がした昭和二十九年十一月一日附不許可の処分はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求めた。

その請求の原因として(一)原告は前記記載の農地(以下本件農地と略称する)を所有するところこれを訴外亡山岡大蔵に賃貸したが、同人死亡後は訴外山岡徳馬が前記賃貸借契約を承継したので原告は同訴外人に対し小作料を年間弐千参百拾六円、契約期間は昭和二十六年四月一日から三年間(昭和二十九年三月三十一日)と定めて現に同訴外人が賃借耕作中であつたが、原告は昭和二十八年九月二十六日前記徳馬に対し後記の如き農地法第二十条第二項第一、三、四号に基き昭和二十九年五月十五日限り右賃貸借契約を解除する旨催告並びに停止条件附解除の通告をしその頃該書面を同訴外人に到達せしめる一方、昭和二十九年五月五日東外海町農業委員会を経由し被告知事に対しその許可申請を提出したが被告は同年十一月一日、その不許可を決定し、同月五日頃原告に対しその旨右農業委員会を通じて通知してきた。依つて原告は右決定を不服とし昭和二十九年十一月十五日、農林大臣に訴願したが未だ裁決がない。

(二)しかし、原告が本件農地につきなした右解約は下記の理由により適法である。即ち(1) 訴外徳馬は昭和二十六、七、八年度分の小作料を滞納し、昭和二十九年五月十日頃に至つてようやくその支払をしたような小作料滞納の信義に反する行為があつた。また同訴外人は国が買収した別口農地約二反歩を買受け所有したところ、これを耕作せずに第三者に転売した事実があり、農地改革の精神に背き国家の附託に反する背信行為がある等、農地法第二十条第二項第一号の背信行為に該当する事由がある。(2) 仮りに然らずとするも原告には自作することを相当とする事由がある。即ち賃貸人の農業経営能力につき原告は漁業兼農業を営み、漁業は土居水産有限会社の社長として従業員により経営しているが、原告の家族は妻(四十九才)二男(三十六才)一女(二十才)を有し、一反余歩の雑種農地を耕作しているに過ぎぬから原告には充分な耕作能力があり、且つ、農地に必要な施設を有する。また原告は農業協同組合長、農地委員等に就任したことがあり農業に関する知識経験を有し、農耕上必要な肥料は漁獲物の廃品により自給し得るほか、漁獲物製造の従業員を漁閑期に農事に手伝わせ得る等訴外徳馬より遙かに優秀な農耕の成積を挙げ食料増産に寄与し得る自信と技術がある。然るに賃借人の耕地能力は、訴外徳馬は、牛馬商を正業とし農業を殆んど省みずに僅かに妻ウメノ(四一才)が一人子女を育成しながら農耕しているに過ぎず、子供五名は何れも十五才未満で農耕の能力がない。加うるに現在八反歩以上を耕作しているが耕作能力が不足のため農地は雑草が茂る程の惰農であつて、本件農地は全部二毛作田にすれば出来る状況にあるが、同訴外人は耕作意慾を欠くためこれも出来ない有様である。右は食糧増産に寄与せんとする農地法の趣旨に反し、耕作能力なきため国から売渡を受けた一反八畝十二歩の農地を他に不法に転売したものであつて、かかる状態では本件貸借農地の返還を拒む何等の理由もない。以上を比較すれば耕作能力のある原告に本件農地を耕作させるのが妥当であり、東外海町農業委員会でも原告の理由を認めている。以上原告には農地法第十二条第二項第三号の自作することを相当とする事由があり、(3) その他農地法第二十条第二項第四号によつて右賃貸借を解約するにつき正当な事由がある。よつて被告のした該解約不許可処分は不当であるからその取消を求めるため本訴請求に及ぶと陣述し、被告の答弁事実中、原告の従来の主張に反する点は否認すると陳述した。

〈立証 省略〉

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として原告の請求原因事実中本件農地が原告の所有であり、訴外山岡大蔵が耕作していたが、同人死亡後は訴外山岡徳馬が引続き耕作していること、及び本件農地の小作契約期間が昭和二十六年四月一日以降三ヶ年、小作料が年間弐千参百拾六円の約旨となつていること、及び訴外徳馬が原告に対し昭和二十六、二十七、二十八年度の小作料を支払済であること、並びに原告が昭和二十九年五月五日本件農地に関し農地法第二十条第一項の規定による許可申請書を東外海町農業委員会を経由し、被告知事に提出したが被告知事が右申請に対し同年十一月一日附不許可の決定をしその旨原告に通知したこと、及び原告は右不許可決定を不服とし、同年十一月十五日農林大臣に対する訴願書を被告知事に提出したが、昭和三十年一月十一日農林大臣宛送達し目下訴願審議中であることは夫々認めるが、その余の原告の主張事実はこれを争う。

(1) 小作人訴外徳馬には信義背反の行為はない。即ち原告は昭和二十六年度分は金納、昭和二十七年度分は米四斗を、昭和二十八年度分は昭和二十九年三月頃米三斗を夫々受領している。前記滞納があつても小作料の未納はないのであるから多少の支払遅延を目して信義違反を強調するのは原告の農地返還の口実に過ぎない。また賃貸借解除原因たる不信行為は当該小作地に存する場合に限るから同訴外人が無許可で開放農地を転売して本件農地の返還に応じない一事を以ては未だ直ちに地主に対する不信行為ということはできない。(2) 本件農地を原告が耕作するのを相当とする場合でもない、原告の農業経営能力はその専業とする漁業経営に比し微々たるもので副業の域を出ず、農業協同組合長或は農地委員等に就任しても原告は元々農民ではなく原告の本件農地の賃貸借契約解除の目的は食糧自給のための自作であつて原告の事業形態に徴し原告が本件農地を耕作することにより農業生産力が直ちに農地法の意図する農業経営の合理化を増進するものではない。一方小作人徳馬一家の生計は本件農地を含む合計六反六畝三歩の耕作により維持され本件農地を返還すれば耕作農地の大半を失い農業経営は成立せずその生計は著しく困窮する。同訴外人が創設農地を売却したのは労力不足のためではなく、不慮の借財が原因で、作柄不良は土地条件たる湿田に原因するから原告主張の如き徳馬の耕作意慾を欠くことを理由とする非難は妥当でない。要するに原告の経営能力と小作人徳馬の生計を比較すれば耕作者の地位の安定を計る要請が重視さるべきである。(3) その他原告に正当事由に該当するものはない。即ち原告は小作料金納の制限を免れんとし肥料を原告負担とし徳馬に労力を提供させる共同耕作を仮装して小作料を米で受領する等小作人の無智に乗ずる行為があるほか、東外海町農業委員会は訴外徳馬が城辺町在住者で東外海町の局外者たることと同人が委員会に対し不出頭であつたことが殊更非難された結果、本件賃貸借解約につき許可相当の意見であつたので被告知事は右書面審理では許否を決し得ないので係員をして入念に事実調査させた結果原告の許可申請を却下したもので、結局右不許可処分に違法はなく原告の本訴請求は理由がないと陳述した。

〈立証 省略〉

理由

本件農地が原告の所有であり、訴外山岡大蔵が耕作していたが、同人死亡後は訴外山岡徳馬が引続き耕作していること、及び本件農地の小作契約期間が昭和二十六年四月一日以降三ヶ年、小作料は年間弐千参百拾六円の約旨となつていること、並びに原告が昭和二十九年五月五日本件農地に関し農地法第二十条第一項の規定による許可申請書を東外海町農業委員会を経由し、被告知事に提出したが、被告知事が右申請に対し同年十一月一日附不許可の決定をしその旨原告に通知したこと、及び原告は右不許可決定を不服とし同年十一月十五日農林大臣に対する訴願書を被告知事を経由して昭和三十年一月十一日農林大臣宛送達し目下訴願審議中であることは夫々当事者間に争がない。

前記の如く本件農地の賃貸借契約の期間は昭和二十九年三月三十一日までであるところ、小作人が返還を肯じない以上、その期間満了を以て当然に賃貸借関係が解除されるものではなく、解約につき正当理由の存在することを要するので以下解約の事由につき右不許可処分の当否を判断することとする。

(一)先づ訴外山岡徳馬の信義背反行為の有無につき判断するに訴外徳馬が結局原告に対し昭和二十六、七、八年度分の小作料を支払済であることは当事者間に争がなく、証人山岡徳馬の証言及び原告本人尋問の結果によると徳馬は原告に対し昭和二十六年度分は金納で昭和二十七年度分は米四斗を、昭和二十八年度分は米四斗を持参し昭和二十九年は現金を郵送して支払つたことを認めることができる。しかし前顕証拠と成立に争がない甲第三号証の一、並に証人間口雅夫の証言によれば、小作料の納期についての取極も多少の明確を欠いた事実があり、加うるに昭和二十八年度分は徳馬の弟が小作料を無断費消したため滞納(本件小作料の納期は特別の合意があつたことの立証がないから民法第六百十四条に従い毎年末にその支払をすべきものである)したものであるが、結局原告はこれを受領している事実を認めることができ他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて徳馬には昭和二十八年度分迄は未納はないのであるからその間前記事情で時期的に滞納があつたからとてこれを以て直ちに本件農地の賃貸借関係の信頼を欠き従つてこれを破棄しなければならない程の換言すれば宥恕すべき事情のない信義背反の行為に該当するものとも解し難い。而して証人高平武の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証乙第三号証及び証人高平武、山岡徳馬の各証言及び原告本人尋問の結果によると訴外徳馬は生計上不慮の困窮にあい借財を返済するため止むなく県知事の許可手続を経ることなく、昭和二十八年頃創設農地約二反歩を訴外西本俊次に対し代金参拾万円でこれを転売したことを認定することができるけれども、賃貸借解除原因たる不信行為は当該小作地につきその有無を決定すべきものであるから、たとえ被告において右の如き創設農地の転売の事実があつたとしても、右の事実を捉えてただちに地主たる原告に対し、信義に反した行為があつたともいい得ない、よつて原告の信義則違反を理由とするこの点の主張は採用しない。

(二)次に原告に自作を相当とする事由が存在するか否かを判断するに成立に争がない甲第四、五号証及び原告本人の供述によると原告は昭和二十一年十二月頃から昭和二十六年七月頃まで東外海町農地委員であつたこと及び昭和二十三年五月二日以来東外海農業協同組合理事をしていることを認めることが出来るがその経験を以つても本件農地の耕作能力とは直接関係のないことであり、成立に争がない甲第一号証の二、甲第二号証の二、乙第三号証及び原告本人尋問の結果によると原告は同町の有力者で手広く沿岸漁業のいわし網を会社組織を以て行う土居水産有限会社の社長であつて、一家五名の生計は漁業にたより農業は副業の域を出ないこと、従てそれだけで本件農地の耕作の有無にかかわらずその資力から何等の不自由のないところ、本件農地の賃貸借契約を解除する目的は漁業のための食糧自給を意図する自作であつて漁業をやめてまで農業に専心するものでないことを認定し得る。右認定に反する証人間口雅夫の証言及び原告本人尋問の結果の如く原告が半農半漁の事業形態であることは直ちに措信し難く他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて原告の右事業形態に徴し、原告が本件農地を耕作することにより直ちに農地法の意図する農業生産力の増進を期するものといえないところ、一方前記乙第三号証及び証人山岡徳馬、二宮又三の各証言によると訴外徳馬は牛馬商である半面、一家の生計は六反六畝三歩の農地の耕作によつて維持されその耕作に若干不充分な点はあつても一応外見上普通の耕作をし、本件農地を原告に返還すれば耕作農地の大半を失い農業経営は成立たず徳馬夫婦の外子供五人の糊口に窮したちまち生計は著しく困難になる実情であることが明かであり、これに比較すれば原告の生計はなお余裕がある状態であること、及び本件農地は同町でも湿田であつて麦の作付可能面積は約一反歩であり、その土地条件のために作柄は上々とはいえないにしろ前記の如く現に通常の耕作状態にあることを認定し得る。右認定に反する甲第一号証の二証人間口雅夫の証言及び原告本人尋問の結果は直ちに措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。して見ると結局徳馬は時に著しい労力不足耕作意慾を欠いているものとは判断されない。従つて原告の耕作能力と徳馬の生計を考え併せると直ちに本件農地の賃貸借関係を破棄しなければならない程原告の小作を相当とするとは云えないから、原告の前示主張もまた理由がない。

(三)その他解約を正当とする理由についてはこれを認めるに足る証拠はないのでこの点の主張も理由がない。

以上認定のとおりであるから、被告が原告の申請に対しなした本件農地の解除不許可処分については何等の違法はなく、従てその取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東甲子一 木原繁李)

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